~何か書く~

暇を持て余す無職です。読んだ本の要約などを書いていきます。

『人間知性論(二)(ジョン・ロック)』(岩波文庫) その3


【第十四章 持続とその単純様相について】(p.38~61)

 持続の観念とは、空間の恒久的な部分からは得られず、継起の過ぎ行く永久に消え去る部分から得られるものである。その単純様相は持続の様々なある長さであり、私たちは時・日・年などや時間と永遠のような判明な観念を持つ。
 持続や時間や永遠の本性にはひどく難解なものがあると考えられがちである。しかしそれらの源まで正しく辿れば、感覚または内省のひとつがこうした観念を、他の多くの観念と同様に明晰判明に提供できるように思われる。

 私たちの心へいろいろな観念が次々あらわれることの内省、これが私たちに継起の観念を提供する。この継起の任意の部分間の距離、これが私たちの持続と呼ぶものである。
 観念の継起がなくなれば、私たちの近くも一緒になくなる。ぐっすりと眠っている間、事物の持続の知覚は全くなく、その人にまったく失われる。かりにもし目覚めている人が心にただ一つだけの観念を変動なく、他の観念の継起もなく保有できるなら、目覚めている人間でも持続の知覚はないだろう。
 人々は自分自身の知性に次々と継起するのを観察する観念系列の内省から持続の観念を得るのであり、こうした観察なしでは世の中に何ごとが起ころうと、持続の思念を持てない。

 自分自身の思惟が継起し数多いことを内省して、それから持続の思念や観念を得てしまえば、思考しない間も存在する事物へこの持続の思念を当てはめることができる。物体から延長観念を得てしまった者が、見られも触られもしない距離へ延長観念を当てはめられるのと同じである。

 非常に遅い運動は、絶え間なく続けられても私たちは知覚しない。そういう運動は変化が非常に遅いので、かなりの間を置かなければ新しい観念を生まない。
 また非常に速い運動は、別個に感官を感発することがなく、動くとは知覚されない。例えば心で観念が次々に継起し慣れているより短い時間で円形に動く事物は、動くとは知覚されず、その物質あるいは色の完全な真円に見え、動く円の部分とは見えない。

 私たちの感官のどれかに印銘が行われるさい、およそ継起はある程度までしか私たちに知覚できない。印銘が極度に迅速に行われると、真実の継起が明白にある場合も継起の感知はなくなる。
 継起が知覚されないことは、運動が大変遅くて心がその中へ新しい観念を受け取ることのできる早さで新規な観念の絶え間ない系列を供給しない場合にも起こる。物体は真実に動くが、じっと止まっているように見えるのである。

 私たちは運動から得る二物体間の中断されずに感知できる距離の変化が生む観念系列によるのと同じように明晰に、運動の観念が少しもなくても、心に次々と継起する運動以外の観念の系列により継起と持続の明晰な観念を持つ。

 一定の期間で区切ったものと持続を考えるのが、時間と呼ばれるものである。時間の便利な尺度として最も役立つのは、時間持続の長さ全体を、絶えず反復される周期によって外見上等しい構成部分に分割してしまうようなものである。

 太陽の日々および年々の周転は、恒常的で規則正しく全人類があまねく観察でき、毎回等しいと想定される。よって持続の尺度に用いられてきたのも当然である。しかし日や年の区別は太陽の運動に基づいてきたので、運動と持続は前者が後者の尺度だと考えられるようになってしまった。

 心は太陽の年々の周転のような時間の尺度をひとたび得てしまうと、この尺度自身が存在しなかったような、尺度の真実の在り方ではなんの関係もない持続へ、この尺度を当てはめることができる。

 私たちは時間の観念を持つようになるのと同じ手段で同じ源から、永遠と呼ばれる観念を持つ。持続の長さを自分の思惟の中で好きなだけ何度でも互いに足すことができ、過ぎ去った持続または来るべき持続へその長さを当てはめることができる。これを限度や制限なしに続け、無限に進むことができる。

 知識の二つの源泉すなわち内省と感覚から、私たちは持続の観念と持続の尺度とを得る。
 第一に、心に経過することを観察し、系列をなす系列が、絶えずあるものは消え、あるものは現れる様子を観察し、継起の観念を得る。
 第二に、継起の諸部分の距離を観察して、持続の観念を得る。
 第三に、等距離の周期を観察し、これで分・時・日・年などの尺度の観念を得る。
 第四に、持続の定まった長さの観念を心の中で望むだけ反復でき、明日とか来年とか七年後だとかを想像できる。
 第五に、時間のある長さについて思惟の中で望むだけ反復でき、相互に足せて、足すことの終わりに決して到達せず、無限な存有者の永遠だけでなく、私たちの霊魂の未来永遠の持続のような永遠の観念を得る。
 第六に、無限持続の任意部分を考察し、時間一般と呼ばれる観念を得る。


 (その4に続く)
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